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ゲボ独第5回『田中』終演しました。

ゲボ独第5回作品『田中』
ゲボ独第5回作品『田中』

先週土日は、ゲボゲボvs孤独部6ヶ月連続公演第5回でした。ご来場いただきました皆様、ありがとうございました。

今回の孤独部の作品は『田中』でした。今回の作品は、いつにもまして異例の作品でした。結果としてゲボゲボに勝つことができなかったので、何を言っても言い訳がましい気もしますが、メモとして今作に関するあれこれを書き記しておこうと思います。

 

今作『田中』は、ほぼ全編録音という大胆な手法を試みました。ゲボ独での作品シリーズでは、これまでずっと、「劇場とどう対峙するか」ということを演出的テーマにしております。特に、第4回作品からは演劇そのものへの疑念というか、嫌悪感が強くなっていて、今作はそれが特に濃厚に作品に表れました。

そこで、今回はアニメーション的技法を取り入れました。声を録音し、それに動きを当てる。いうなれば、逆アテレコ。いわゆる当て振りです。「演劇は生モノ」と言われる一方で、演劇は再現性の高いものが多くて、そのことに疑問を感じていました。

だったら、別に録音でもいいじゃないか。録音した音声のみでつくられた演劇は、果たして演劇と呼べるのか。そんなところから、今回の演出的アプローチはスタートしました。

 

いざやってみると、録音することで、生声だけでは再現できなかった様々なことができることに気がつきました。今作のことで言えば、静かな語りが、生声であれば相応の音量しか出ないところを、爆音で届けることができたり、他人の声を当てることで、キャラクターを変化することができたり。この手法に関しては、可能性を非常に感じました。たぶん、また挑戦する機会を設けると思います。

 

作品としては、孤独部史上もしかしたら最もネガティブなんじゃないかというほど、暗い作品になった気がしています。松山マリナさんの「田中の生活」をベースに、生活の中の孤独を描くことに挑戦しました。そういう意味では、孤独部の名にふさわしい中身だったんじゃないかと思います。本音を扱おうと常々思っているのですが、ようやく、ネガティブな部分の本音を、言えたような気がしています。

 

先にも書いたんですが、このごろはどうも、演劇というものへの嫌悪感を持っています。かっちりと作品をつくって持ってきてしまうのに、ライブ感という意味での物足りなさを感じています。そこで今回は、要となる録音作業を、各キャストごとにばらばらに行い、当日までキャスト同士はお互いほとんど会わない、当日になって編集された音と、作品ルールに沿った最低限の段取りを伝える。そういうやり方で、役者として普段求められるようなことをなるべく削ぎ落とした舞台にしました。そのような舞台で、役者はいかにその中で立ち振る舞うか。今回は、役者方にとっても非常に面白い試みであったように思えます。

今回出演してくれた三名は、ほぼ初対面に近いにも関わらず、こちらから要求するまでもなく、最低限の打ち合わせのみで舞台に臨みました。ある種の即興性が問われる中で、おそらく各々互いへの役者としての信頼を瞬時に見出したんだと思います。本当に、勘がいいというか、そのあたりの息がぴったり合う三人でした。すごい。

 

だらだらと、どちらかといえば演出的な試みのことを書いてしまいましたが、ゲボ独5回目にして、とうとう自分の予期せぬところまで至ったなというのが、今回の手ごたえです。演出手法もさることながら、ここまでネガティブで突き放すような作品をつくるとは、我ながら正直思ってませんでした。ご覧いただいた方に「よくわからなかった」という言葉をちらほらいただきましたが、まあそれでいいか、とも思っています。だって、他人の孤独なんて、どうせ他の人にはわかりませんから。なんだか、そういうある種の冷たい開き直りというか、そこまで含めて作品なのだというような傲慢さをもてたことは、今回に限って言えば、この『田中』という作品が求めるところだったのかもしれません。

 

6月から毎月行ってきたゲボ独も、今月末で最終回。11/29(木)30(金)です。

ゲボ独最後の作品は、『晩秋』。お楽しみに。